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リチャル・カラパス 新章の幕開け

リチャル・カラパス 新章の幕開け

最も期待に満ちたレースの開幕が迫る中、EFエデュケーション・イージーポストのオフシーズン中、チーム最大の獲得となった彼にラファが自己紹介のためのインタビューを行いました。

2023年6月30日

エクアドル出身のリチャル・カラパスは、エクアドルの名を轟かせるライダーの中心人物です。エクアドルのアンデス山脈の高地で磨かれたカラパスと彼の同世代は、コロンビアの選手と同等の優れた能力を持っていながら、賞賛を得ることがほとんどありません。2020年東京大会のオリンピックで優勝し、エクアドル人初、そして唯一、グランツールでの表彰台を獲得した彼は、このスポーツの歴史に母国の地位を確立するための長い道のりを歩んできました。 

最も期待に満ちたレースの開幕が迫る中、EFエデュケーション・イージーポストのオフシーズン中、チーム最大の獲得となった彼にラファが自己紹介のためのインタビューを行いました。これは、意図せずプロになったところから自転車界で最も権威あるレースの1つでの総合優勝、そして彼の若手育成クラブの設立まで、エクアドルからツール、そしてその先へと至るリチャル・カラパスの旅路なのです。

サイクリストとしてのキャリアを追求することになるきっかけは何でしたか?

私がこのキャリアをスタートしたきっかけは、どう言ったらいいでしょうか… 典型的なものではありませんでした。幼い頃から自転車に乗るのは好きでしたが、当時はプロスポーツとしての自転車を知りませんでした。ただ子供として移動手段だったり遊び道具だったりしただけです。それだけでした。

ですが、16歳のとき、エクアドルの元プロ選手、フアン・カルロス・ロセロに出会ったのです。彼はイタリアでペプシコーラ ファニーニの選手として、当時最も上位まで行ったエクアドル人の1人でした。最終的に彼は私の指導者となり、プロの自転車競技の世界に入る方法やロードレーサーになる方法についてを教えてくれたのです。最初は趣味として始めたのですが、結果、プロになったのです。

プロになる上で、何か障壁に直面したことはありますか?

初めてヨーロッパに来たのは2013年で、しばらくフランスで乗っていました。また、エクアドル代表チームの一員として、様々なエクアドルのレースにも参戦していました。好調なスタートではありましたが、ここヨーロッパでは適切なチームを見つける幸運には恵まれませんでした。それで、1年ほどで私は南米のレースに戻らなくてはならなくなり、そこで数多くのレースに出場しました。この時期に、私は自分が本当に達成できること、そしてヨーロッパのチームに入ることができる能力を持っているということについて、多くの視点と気付きを得ることができました。南米にはチームからの注目を得られるような大きなレースがないのが現実ではありますが、コロンビアのレースの重要なステージを勝つことで、自分の能力を示し、チャンスを得ることに役立ちました。そして、これがスペインの2部チームに所属することに繋がったのです。

あなたと他の南米出身のライダー仲間との関係は、どの様なものですか?

私がEFに加入したとき、それはとても特別なものでした。[Alexander]セペダのことは、8歳か9歳の頃から知っていて、彼も私とほぼ同じ道を辿っていて、私たちは自転車生活のほぼすべてを共に歩んできました。何よりも、私たちは同じ夢を持ってスタートしたので、それを共有し、一緒にそこを目指すことができるのです。それが私にとって、とても大きな意味を持っているのです。[Jonathan]カイセドとも長年の付き合いで、最初から一緒にトレーニングをしていました。 

お互いをよく知り、膨大な時間を共に過ごしてきた、同じ言語を話すチームメイトがいることは本当に素晴らしいことです。 

ワールドツアーを走るということは、栄養管理から移動、そしてトレーニングにまで大きな犠牲を伴うと思いますが、あなたはプロが直面する最大の犠牲は何だと思いますか?

あなたが挙げたこれらのものは目的のために行うものなので、実際には犠牲ではありません。わかりますか? 私にとっての最大の犠牲は家族から遠く離れていることです。誕生日や記念日を一緒に過ごすことができなかったりします。こういった取り戻すことのできない時間こそが本当の犠牲です。私の場合、ここに来ると、膨大な時間をこうしてヨーロッパで過ごすことになるのですが、家族はエクアドルにいるのです。しかしこれは、私のやる気の源になっています。これをやるからには、本当にそれだけの価値があるものでなければならないからです。そして、これは本当に価値があるものなのです。そのために失うもの全てを賭けてでも本当に努力をしているのです。自分が犠牲にしているものについて考えると、それが前進し続けるモチベーションになるのです。

どのように家族と離れていることのバランスを取っているのですか? 例えは、毎日電話するなどの儀式的な習慣があるのですか?

それは、シーズンのどのタイミングにいるかにもよります。グランツールなどの準備をしている間のほとんどは、家族と離れています。普段、妻や子供には毎日電話をしています。今日では家族と毎日コミュニケーションを取ることが簡単になりました。ここにいても、あらゆるものから完全に隔離されているわけではありません。もちろん物理的に一緒にいることはできないわけですが、常にコミュニケーションは取っています。グランツールを走っているときは最終週に家族がこちらに来ます。そして、夏は子供達の学校がないので、家族をこちらに呼び寄せたりしています。夏の間はこっちに来て、ここで共に時間を過ごすのです。そして、また国に帰ります。確かに全体として失うものは多くありますが、結果を得るためにはやらなければならないことがあります。 

オリンピックでの勝利の後、エクアドルは自転車競技に目覚めたようですね。これまで他にも多くの重要な勝利はありましたが、この勝利は大きな変化をもたらしたようですね。

2021年のオリンピックの後、エクアドルで大きな変化があったように思います。確かにこれまでもかなり大きな勝利を収めてきましたが、やはり、オリンピックはオリンピックですよね。サイクリングファンだけでなく、あらゆるスポーツファンが注目しますから。これは国にとって多くの意味があり、多くの若者が突然自転車選手になりたいと願うようになりました。

エクアドルはサイクリングの歴史ではあまり知られていませんが、それを変えたいと思っていることはありますか?

私たちにはサイクリングの伝統があまりありません。非常に新しいものなのです。私たちはエクアドル初のサイクリング選手なので、コロンビアのサイクリングの伝統の一部や、ここワールドツアーに参戦している有名なライダーたちをエクアドルにもたらしたいと考えています。これは何十年もかけて実現したものでも、サイクリングの伝統から生まれたものでもありませんが、 

私はサイクリングから学んだことを、サイクリングの世界に興味を持っている子供たちに伝えたいと常に思っています。つまり、私たちは、人々に対して他の道、つまりサイクリングという生き方があることを示そうとしているのです。そして私は、自分の名前を冠したサイクリングクラブを持つことで、母国にこの意思を示しています。サイクリングを通して多くの子供達の人生を変えたいと思っていて、それが私たちにとって、とても重要なことなのです。 

引退したら、クラブに私の知識を共有したり、新しい子供達や才能のある子達を入れたりと、もっと本腰を入れてやっていきたいと思います。もし新しい才能を見出すという幸運に恵まれたら、私は彼らに手を差し伸べて、自転車に乗るだけでなく人生においても楽しい時間を過ごしてもらいたいと願っています。これが私にとって、本当に重要なことなのです。 

プロトンの中で実証

プロトンの中で実証

EFエデュケーション・イージーポストの選手たちが実際にレースで使用し、ライバルたちの羨望を集める逸品です。石畳から峠道まで、様々なシーンでテストされ、その高い性能を証明してきました。弛みない研究開発が生み出すアドバンテージ。その積み重ねが勝負の世界で真価を発揮します。

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