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バスケットは空です

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Part4 - ダウン・トゥ・オーシャン

戸田峠からは東海岸の宇佐美に向けて半島を横断。ちょうど中間地点に位置する修善寺までは、高低差800mの凍えるダウンヒルだ。スムーズな路面と連続カーブは、この日のハイライトの一つになる予定だった。しかしカラダは強張り、指先は寒さで痺れ、ブレーキングも疎かになってくる。リズムを掴めないまま油断してコーナーに突っ込むと、思わずラインを外してヒヤっとする。ここは攻めずに安全に行く。リスクを背負う必要は無い。標高が下がるとともに気温は上昇。修善寺が近くなると、寒さは幾分和らいだ。暖かい人里まで降りると、ほんの数分前まで凍えていたダウンヒルの苦痛は忘れ去っている。

仲間から大きく遅れて、渡辺が最後尾で下って来た。痛みをこらえながら、力を振り絞ってペダルを外す。破れたジャケットとビブショーツが彼を襲った出来事を物語っていた。フェンダーのマウントが、下りカーブに施された厄介な減速帯の衝撃で壊れ、リアホイールがロック。為す術が無いまま地面に放り出されたのだ。

まずは大きな怪我が無いことを確認。他のメンバーは「ほら、もう日が暮れるから早く再スタートしよう」という雰囲気。実際、太陽はすでに山の向こうに沈み、水平線に向けて真っ逆さまに沈む勢いだ。また真っ暗のライドになるのか?この先にはまだ亀石峠の下りが待っているというのに。交通量が多く、海岸線まで真っ逆さまに転げ落ちるダウンヒル。真っ暗闇のダウンヒルを望むライダーなんて一人もいない。

地面に叩き付けられた理由が理由だけに、渡辺が困惑してしまうのも無理は無い。時間をかけてバイクを調整すれば再スタートをすることも可能だが、バンに乗り込んだ渡辺は、そのまま助手席に沈み込んだ。心も身体も折れてしまっていた。こんなときには優しい言葉が一番胸を苦しめる。沈黙がその辛さを倍増させる。他の4人は後ろ髪を引かれる思いでライドを続行した。次のライドまでに強くなって戻ってくることを期待するだけ。もちろん5人で乗り続けるべきだった。

亀石峠は、取り立てて何があるわけでもない登りだった。今までの人生で指折りの単調な登り。ライド終盤で記憶が途切れ途切れだったのかも知れない。ぼんやりと覚えているのは、修善寺にあるサイクルスポーツセンターの横を通過したこと。ここに競輪学校があることはご存知の通り。現在はUCI公認の屋内板張250mトラックが建設中だと聞いている。数年後、ここに世界のトラックスターが集結するかもしれない。若い選手時代にこのサイクルスポーツセンターに何度も脚を運んだヴィンセントは、そのコースを頭に思い描きながら亀石峠を登ったはずだ。

対向車線が完全に分離され、バンク角がついたコーナーでバイクを倒し込む。海岸線まで真っ逆さまに落ちる官能的な亀石峠の下り。ヴィンセントが水を得た魚のようにコーナーを攻めていた。一旦海岸線に出ると、そこから伊東駅までは国道135号線。今回のコースで唯一フラットと呼べる区間だ。フル回転した内池の脚に助けられ、ゴールに向けて48km/hの巡航が続いた。

日が暮れ、ほぼ真っ暗な伊東駅に到着。ライダーの緊張の緩みに呼応して、冷たい雨が降り始めた。タイルが敷かれた駅近くの商店街に、街灯の光が映り込む。豚カツ屋に逃げ込んだライダーたちは、空腹感と格闘しながらメニューに目を通す。頭上に設置されたテレビが、賑やかな相撲中継を映し出している。ちょうど千秋楽。モンゴル出身の横綱、朝青龍が気迫の勝利で優勝を飾った。その後、これが彼の最後の勇姿だったことになる。

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