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高野山

今から遡ること約1200年、9世紀初頭の平安時代、都の勅旨をうけた弘法大師空海が紀伊の山奥に修行の山を開いた。「蓮の華」を連想させる八つの峰(今来峰・宝珠峰・鉢伏山・弁天岳・姑射山・転軸山・楊柳山・摩尼山)に囲まれたその場所は、後に日本を代表する霊場になる。
高野山。和歌山県北部、標高1000mの山奥に位置する高野山真言宗の聖地だ。総本山の金剛峯寺を始め、117の寺院がひしめき合っている。「紀伊山地の霊場と参詣堂」としてユネスコの世界文化遺産にも登録されている街の周りには、雄々しい高野杉に覆われた静かな山々が広がる。山全体の荘厳な雰囲気が、高野山のライドを記憶に残る濃いものにした。

高野山へのルートには何種類もあり、その多くが河内長野を通過することは予め知っていた。河内は独特の雰囲気をもっている。方言はきつく、まるで日本刀で斬りつけるような威勢の良い口調。ここには京都や奈良のような由々しき堅苦しさは無い。
スタート地点として河内長野を選んだのは当然の流れだった。その昔、修行僧や巡礼者たちがそうしたように、大阪府と和歌山県を分つ葛城山系を越え、紀ノ川が作り出した谷を越えて高野山に至るルートを選択。帰り道はまた違った峠を越えることにした。

寝ぼけ眼をこすりながら、スタート地点の河内長野駅に着いた。自分たちの目的地と同じ方向に向かって線路が延びている。そう、河内長野駅は高野山に至る南海高野線の途中駅でもある。まだ朝早いというのに、駅前のロータリーには地元のライダーたちが集まっていた。間合いを保ちながら、特に意味のない会釈をして互いのスケジュールを探り合う。駅前の喧噪を抜けて、国道170号線の旧道を西に向かった。
日本は常に変わりゆく国だと思う。いつもどこかで工事をしていて、開発と再開発を繰り返している。もともと田んぼだった場所はコンクリートで埋められ、典型的な一戸建て分譲地に生まれ変わる。1年もの間に新しい道や建物がいくつもできる。だから10年前のロードマップなんて使い物にならない。30万かけた機能満載のカーナビの地図もすぐに古くなり、またお金を払ってアップデートをしなきゃならない。
でもそんな街の発展は、ライダーの選択肢を増やしてくれる。せわしない自動車の列は、山をえぐりとるように作られた新道を競うように飛ばしている。そのおかげで、驚くほど交通量の少ない旧道をライダーたちは我が物顔で走ることができる。キーンと冷えた空気をゆっくりとほぐすようにかき分けて、イージーテンポで山に向かう。誰一人として土地勘が無いので、キューシートだけが頼り。週末にも関わらず、行き交う自動車は少ない。




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